Vol.6 更なる未来を見据えた”理想の化粧品”

Vol.6
更なる未来を見据えた
”理想の化粧品”
西暦2000年、皮膚臨床薬理研究所株式会社(Hifuken)の系列会社として(株)コンシダーマル・ドクターズ・グループは誕生しました。
化粧品のために皮膚医学【dermatology , dermal】
熟考【consider】するという意味を込めて
Hifukenの創設者である森川医学博士が

【Considermal】と命名しました。
日本経済新聞 2003年2月15日

2001年、コンシダーマル・ドクターズ・グループはコンシダーマル・シリーズとしてクレンジングオイル、ソープ、スキンローション、ミルクローション、エッセンスからなる基礎化粧品のラインを発表します。まだインターネット販売が主流ではなかった時代です。新聞や雑誌という広告媒体を活用、通信販売という形で販路を開拓して行きました。

当時の新聞広告や雑誌広告の資料が示すように20年以上前からコンシダーマルは人の皮膚表面を構成する細胞間脂質に注目していました。健康な素肌である細胞間脂質を構成する水と油(脂質)は交互にサンドイッチ状の形態で整っています。この状態をラメラ構造=液晶構造と言います。(蛇足ですが、時同じくして家電業界でも変化が起きていました。テレビの画面がブラウン管から「液晶」という新時代に変遷を遂げたのも2000年前後のことでした)

この細胞間脂質のラメラ構造が正常に保たれていることで肌荒れや様々な肌トラブルは解消されます。コンシダーマルシリーズの代表格であるコンシダーマルミルクローションは乱れた肌構造を修正することがコンセプトでした。

前回のこの物語の中でも少し触れていますが皮膚臨床薬理研究所の森川先生や鈴木先生はトラブルを起こしている肌に必要な有用成分をナノサイズにすることは元より、その有用成分を肌と同一の構造にしてこそ、初めて人の肌へ馴染ませることが可能になる「理想の化粧品」が完成すると仰っています。

それこそが両先生がいうところの
「肌成分 ×肌構造」の機能を持つ
「21世紀の化粧品」です。

1970年代、資生堂時代に世界初の敏感肌用化粧品Eを開発した両先生が更なる未来を見据え考えておられた「理想の化粧品」、その到達点に限りなく近い化粧品が初代コンシダーマルミルクローションだったのかもしれません。

21世紀初頭に新聞広告や雑誌に掲載されたコンシダーマル広告の本文から両先生の信念がひしひしと伝わって来ます!この広告の中にコンシダーマルミルクローションの「ラメラ構造」特許出願中という文字が見受けられます。しかしながら、まだ化粧品業界は「ラメラ構造」に追いついてはいませんでした。早すぎたラメラテクノロジーの特許出願、その理解と認識が受け入れられるようになるのはまだまだ先のことでした。

続く。

Saita 2001年10月25日号